1992年6月、オーストラリアの
メルボルン空港で発生した
メルボルン事件。

日本人観光客のグループが麻薬密輸の
容疑で逮捕され、有罪判決を受けた
この事件。

じつはその真相はかなり根深い
闇に包まれたものでした。




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事件の真相とは?

日本人観光客の一行は成田から
マレーシアのクアラルンプール経由で
オーストラリアへ向かっていました。

じつはオーストラリアへ出発する前に
彼らはクアラルンプールでスーツケース
を盗まれるという盗難被害に遭います。

そこで地元のガイドから代用の
スーツケースを渡された一行。

オーストラリアのメルボルン空港に
到着しますが、持ち物検査によって
スーツケースの二重底から麻薬が
発見されるに至ります。

こうして見るとクアラルンプールで
スーツケースを渡したガイドが
まず一番に怪しいですよね。

このガイドが知らない間に彼らを
運び屋に仕立て上げたように
見えます。

しかし、重要参考人といっても
過言ではないこのガイドはついに
公判に出廷させることは叶いません
でした。

これはどこかから見えざる力が
働いたのでしょうか。

しかし、それ以外にも不可解なのが
この観光客の一行で旅行を計画した
男性はなんと元暴力団員でしかも
前科者だったこと。

公文書偽造や拳銃所持、薬物所持
などで捕まった過去がありました。

実際にこの男性が不審人物とみなされた
ことで持ち物検査も行われています。

ちなみに旅行に同行して、逮捕された
中にはこの男性の二人の兄も含まれて
いました。

さらにこの旅行では旅費をすべて
この男性が負担していたというのも
じつに不可解。

7人分の旅費ともなれば
優に100万は超えるでしょう。

どうしてこんな大盤振る舞いを
したのでしょうか。

ちなみに見つかった麻薬は13キロにも
のぼり、末端価格8億4,500万円という
途方もない金額になったのだとか。

仮にこの取引が成り立っていたら
運び屋の報酬も相当額になっていた
でしょうね。

のちにマスコミの取材に対して
マレーシアの麻薬組織が関与を
認めており、この男性も組織の
末端だったのだとか。

つまりは男性と二人の兄は
実行犯だったということに
なります。

こうしてみると「冤罪だった」
などとは言えませんね。

この事件は麻薬組織による密輸作戦
であり、逮捕された男性とその兄弟が
駒として使われて、その巻き添えで
無関係な人間も逮捕されたというのが
真相のようです。

じつは日本の当局も事前に犯行を
把握したうえであえて泳がせていた
とも言われています。

実際に日本の外務省も「内政干渉」を
理由に救済には動いていません。

こうなるともうこの事件は
出来レースだったと言えますね。

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10年もの拘留

逮捕された観光客のグループは
もともと7人でしたが、うち2人は
逮捕されず。

この2人の荷物からは薬物が発見されず
証拠不十分となりました。

その後の調査ではこの二人(女性)も
事件に関与していたとされています。

結局、男性4名と女性1名が逮捕され
1994年に有罪判決を受け4人に懲役15年
残りの男性1人が懲役20年の実刑
となりました。

麻薬の密輸はオーストラリアでは
かなり重い刑になるのですね。

量も13キロとかなり大量だった
ことも影響したのでしょうか。

実際には刑期は短縮されて4人は
2002年に仮釈放され、残る1人も
のちに仮釈放されていずれも
日本に帰国しています。

じつは前述のマスコミの取材で得られた
証言では、逮捕された女性1名と
初老の男性1名は「無関係」だった
のだそうです。

つまりは二人にとっては完全な冤罪
であり、巻き込まれただけという
ことになりますね。

1992年から10年にも渡って
冤罪で拘束されるとは不幸
以外の何物でもないですね。

本多千香さんの悲劇

この事件で逮捕された中で唯一の
女性が本多千香さん。

旅行を企画した男性の二番目の兄と
知人だったことでこの旅行に
参加しました。

彼女もガイドから渡された
スーツケースより麻薬が見つかり
逮捕されるに至りました。

しかし、旅行を企画した男性と
違って彼女はまったくの堅気。

もう完全なる「冤罪」でした。

この男性たちが犯罪に関わって
いたとすればただ巻き込まれた立場
ということになりますね。

結局、彼女も有罪となり刑務所に
収監されることとなります。

楽しい旅行に来たはずが、囚人となって
刑務所送りなんてまさに天国から地獄。

ついには刑務所内でパニック障害に
なったり、自殺まで考えたのだとか。

あまりの境遇に精神的にも
追い詰められたのでしょうね。

しかし、徐々に刑務所の環境にも慣れ
看守やほかの囚人たちからも慕われる
ようになっていったという本多さん。

理不尽な目に遭いつつも
順応していったんですね。

当時36歳だった本多さんは
出所したときには47歳。

人生で失った時間を考えると
重すぎますね。

教訓として

やはりこの事件での教訓は
海外旅行では油断しないことに
尽きるでしょう。

数年前にも愛知県の稲沢市議が
同じようにナイジェリア人と
商談した際に受け取った荷物から
覚せい剤が発見され中国当局に
逮捕される事件がありました。

また捕まったのが中国という
ところがじつにヤバいですね。

下手したら死刑もありうる国です。

無関係な人間をも犯罪に
巻き込んだメルボルン事件。

海外は悪人ばかりではないですが、
善人ばかりでもないことを日本人は
よく覚えておくべきでしょう。

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