1997年6月8日に発生した
日本航空MD11機乱高下事故。

香港の啓徳空港から名古屋空港に
向かっていた日本航空706便が三重県
志摩半島の上空で突然、乱高下する
事故を起こしました。

この事故により15名が重軽傷を負い、
重傷だった客室乗務員の女性が
のちに亡くなっています。




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事故の原因は?

当時の運輸省の航空事故調査委員会の
報告書では「機長の操作ミス」
であろうと推定しています。

事故当時、706便は着陸に備え、
降下を始めていました。

しかし、設定よりもスピードが
超過していたために機長は減速を
試みました。

まず行ったのは自動操縦装置を
操作しての機首上げでした。

機首上げをすると空気抵抗に
よって速度が落ちるわけですね。

着陸時にも行う操作です。

しかし、思ったように減速できず、
次に機長はスピードブレーキを
展開します。

スピードブレーキは主翼の上に
ついている板で、これを上げると
やはり空気抵抗が増して減速できます。

やはり着陸時にも用いられています。

このスピードブレーキによって今度は
減速できるかに思えた次の瞬間、
同機に急激な機首上げが発生。

自動操縦が外れ、機体が大きく
乱高下してしまいます。

いきなり大きく機首上げしたという
ことは一気に揚力を失って降下した
わけですね。

操縦者は当然、機体のバランスを
立て直そうとしますので、今度は急激に
上昇することになり、結果的に乱高下
してしまうことになります。

この事故により、シートベルトを
着用していなかった乗客・乗員が
天井などに打ちつけられて
しまいました。

特に客室乗務員の女性は脳挫傷および
脊髄損傷という重傷を負いました。

すさまじい勢いで降下したのが
うかがえますね。

706便は結局、15分遅れで
名古屋空港に着陸。

重傷だった客室乗務員の女性は
その後回復することなく
1年8ヶ月後に亡くなりました。

死者1名を出す事故となってしまい
ましたが、墜落などの大惨事に
ならなかったのはせめてもの救い
といえるかもしれません。

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事故後の裁判

2002年に名古屋地検は機長を
業務上過失致死傷で起訴。

機長に過失があったとみなして
刑事事件として扱われたんですね。

検察は禁固1年8ヶ月を求刑したものの
一審では無罪判決。

二審でも無罪判決となり、検察も上告を
断念して結審しました。

検察は
「機長の操作ミスが死傷者を招いた」
というところに持って行きたかった
のでしょうけど、通常はこうした
航空事故で機長個人を訴追することは
行いません。

これは正確な事故原因の究明のためで
もし機長の罪を問えば保身を図って
正しい事実が得られなくなる恐れが
あるためです。

そうしたことからもこの裁判自体に
多くの批判がありました。

まぁ検察にも少なからず功名心が
あったのかもしれませんね。

事故原因の真相は?

事故調査委員会は機長の操作が事故原因
としていますが、じつはほかの原因も
指摘されています。

事故当日、上空では乱気流が発生して
いた可能性があり、それにより
自動操縦装置に負担がかかったことで
急激な機首上げが起こった可能性がある
とのこと。

実際にその後も同じような情況下で
同機は乱高下する現象を何度か
起こしていたそうです。

これが本当なら機長の責任とは
言えませんね。

また、事故を再現するべく、
シミュレーターで当時の機長と
同じ操作を試したところ、やはり
急激な機首上げは起こらなかった
とのこと。

機長の操作ミスではなかった
のかもしれませんね。

また、事故を起こしたMD-11は
不具合の多い機体でした。

全損事故だけでなんと8件。

MD-11よりも運行機数が多いほかの
機体でも1~2件程度ということを
考えれば異常な数ですね。

また、MD-11はほかの機体に比べて
「操縦が難しい」という評価も
多いとのこと。

これらの情報を事前に知っていたら
まずこの飛行機には乗りたくない
ですよね。

こうした悪評も多かったせいか、
航空各社はMD-11を早期に引退させて
おり、現在は旅客機として運行している
機体はないとのこと。

本事故の直接の原因ではなかった
のかもしれませんが、少なからず
いわくつきの機体ではあったんですね。

事故後に同路線では乗客数が減少し
その後、廃線となりました。

間違いなく事故の影響ですね。

1名の死者まで出てしまった
日本航空MD11機乱高下事故。

これを教訓にして安全な空の旅が
できるように対策をしてもらたい
ものですね。

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