1977年9月27日に発生した
日本航空クアラルンプール墜落事故。

乗員・乗客79名のうち死者34名、
負傷者45名という大惨事になりました。




Sponsored Links

事故の原因は?

この事故の原因は機長による
判断ミスでした。

当日、雨が降りしきる悪天候だった
マレーシアのクアラルンプール。

視界が悪い中、日本航空715便は
クアラルンプール国際空港への
着陸を試みていました。

着陸するために高度を下げる同機。

本来は空港の滑走路を機長が
視認した上で高度を調整していく
はずでした。

しかし、現地の視界が悪かったため
この機長は滑走路を見失っていたと
見られています。

そうしてこれ以上、高度を下げては
いけない最低降下高度以下まで降下。

ついに空港の8kmほど手前にある
標高80mほどのゴム園の丘に衝突し、
墜落してしまいます。

滑走路が確認できるまで着陸を
やり直したり、天候の回復を待つ
など手段はあったと思うのですが。

また、滑走路も見えないのに高度を
下げた機長を副機長がいさめなくては
いけませんでしたね。

そのための副機長ですので。

のちに作成された事故報告書でも
副機長の責任について
指摘されています。

17051302

不幸中の幸い

着陸進入時でしたので、おそらく同機は
まだ時速400kmは出ていたのではない
でしょうか。

そんな猛スピードで地上に突っ込んだ
わけですからひとたまりもありません。

当然のことながら
乗航乗務員の3名は即死。

ほか乗員5名と乗客26名が
亡くなりました。

生存していた乗客全員が重軽傷を負った
ことからも事故のすさまじさが
うかがえますね。

全員が犠牲になってもおかしくなかった
大事故でしたが、幸いにして墜落時に
ゴム園のゴムの木によって衝撃が和らげ
られたことと、事故原因にもなった
激しい雨が火災を鎮火してくれたことが
被害を抑えてくれたのだそうです。

事故原因の悪天候が幸いする
とは皮肉ですね。

日本航空の問題

同事故については数ヶ月前の
改定によって日本航空の運航規定
「安全性・定時制・快適性」に
「経済性」が加えられていたことも
ひいては事故原因になったと
されています。

経済性重視して安全性が疎かにされたら
たまったものじゃないですよね。

まさに企業体質が問われる問題。

のちに破産した理由がこういう
ところからも分かる気がします。

事故後について

じつはこの事故の翌日9月28日には
日本赤軍による
「ダッカ日航機ハイジャック事件」
が発生。

1日違いでしかも同じ航空会社の
事故・事件の発生。

立て続けの重大事案に日本航空は
その対応に苦慮したといわれています。

しかしハイジャック事件でこの事故の
ほうが印象は薄まってしまったかも
しれませんね。

現在、事故のあったクアラルンプール
国際空港はスルタン・アブドゥル・
アジズ・シャー空港に名前が
変わっています。

クアラルンプール国際空港の名前は
新設された別の空港に譲ったとのこと。

現在の名前のほうはまず一度では
覚えられませんね。

この事故のあとクアラ・ルンプールの
日本人墓地に犠牲者のための慰霊碑が
建立されています。

多くの犠牲者を出すこととなった
日本航空クアラルンプール墜落事故。

その犠牲者の方のご冥福とこのような
事故が二度と起こらないことを心から
祈りたいですね。

スポンサードリンク