秋田県で教員をしていた畠山陽一さん。

キノコに造詣が深く、「キノコ博士」
とまで呼ばれた人物でした。




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自然に親しんだ少年時代

畠山さんは秋田県大館市の出身。

お父さんも小学校の先生だったそうで、
そのお父さんに連れられて標本採集を
するなど自然に親しんで育ったのだ
そうです。

そうして、旧制大館中学校に通う頃には
標本が1万点を超え、さらには3年生の時
なんと新種の野草を発見。

まだ10代のうちから新種を発見とは
すごすぎますね。

この新種は東大の教授によって
「オオバイワウチワ」
と名付けられたのだそうです。

この頃からすでに“キノコ博士”の
片鱗があったんですね。

その後、秋田大学を卒業した畠山さんは
父親と同じ教員の道に進みます。

そして、県内の中学校で
理科教諭として勤務。

その後、雄和町大正寺中学校で
教頭として勤務した後、
秋田県立博物館で学芸課長、
そして大潟小学校で校長を
務めました。

教員としての傍らキノコを専門に研究し
在野の研究者として県内外で調査を
行ってきました。

その中で数多くの新種も発見。

その探求は国内に留まらず、新種が
発見されたとあればじかにそれを
確かめるため海外まで足を運んで
いたのだとか。

渡航は100回、48カ国にも上るそうで、
キノコのためだけにかけるその情熱は
まさに筋金入りですね。

その造詣の深さから薬草の指導や
キノコの講習会、テレビなどの
メディアに出演することも多数。

誰もが認めるキノコ博士
だったんですね。

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ガンを克服

キノコ博士としての経歴も十分に
すばらしいものですが、じつは
畠山さん、64歳のときにガンと
診断されます。

それも胃・脾臓・膵臓にステージ4の
ガンができており、余命は3~4ヶ月。

もうこれは間違いなく
末期ガンですね。

年齢も年齢ですし、ふつうは身辺整理
でも始めそうですが、畠山さんは
手術をした後に退院。

なんと奥さんと約束したという
ヒマラヤ登山に挑戦します。

普通じゃあり得ないような
行動ですね。

手術では胃などを全摘出する大手術で
退院するという畠山さんに対して医師は
大反対したのだとか。

手術をしたところでガンは
治っていませんでしたから、
まぁ当たり前でしょうね。

そうして、ヒマラヤ登山を成し遂げた
畠山さんでしたが、なんと驚くべきことに
ガンの進行がピタリとストップ。

これは一体、なにが起こった
のでしょうか。

神仏のご加護か、それとも
キノコ博士だけにキノコに
助けられたのか。

いずれにせよ奇跡に近いことが
起こったわけですね。

そして、さらにはその数年後に
二度目のヒマラヤ登山を実現させた
のだそうです。

その後、80歳を越えても
お元気でいらしたのだとか。

さながら、「ガンが治った」という
怪しげな広告にでもありそうな
エピソードですが、こちらは
まぎれもない事実。

キノコ博士の奇跡のエピソードは
これからも伝説となって語られ
そうですね。

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