まだ米ソが対立していた冷戦時代の
1976年9月6日、函館空港にソ連の戦闘機
MiG-25(ミグ25)が着陸する事件が
発生しました。

世に言う
「ベレンコ中尉亡命事件」
です。

この事件では日本・ソ連・米国の
各国の軍事面にも大きな影響を
残しました。




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ベレンコ中尉の現在

乗っていたヴィクトル・ベレンコ
防空軍中尉は米国への亡命を求め
三日後に米国へ出国していきました。

ベレンコさんは渡米後に米国人女性と
結婚し、二児をもうけたものの離婚。

職や住居を転々とし、2010年には
アイダホ州で航空イベント会社の
コンサルタントをしていたとの
情報があります。

紆余曲折あったようですが、
69歳になっている現在も
ご存命のようですね。

Viktor_Belenkoヴィクトル・ベレンコ中尉

亡命の理由は?

いきなり対立していた敵国側の
日本にやってきたベレンコさん。

訓練飛行中にいきなり演習区域を
外れて日本の領空に侵入してきました。

最初から亡命目的だったようで、
その理由は軍の待遇の悪さと
妻との不仲だったのだとか。

もっと政治的な思想の違いとか
共産主義への反目といった理由かと
思いましたが、意外と私的な理由
だったんですね。

実際にベレンコさんが所属していた
チュグエフカ空軍基地の当時の
生活環境は非常に劣悪だったそうで、
この亡命事件をきっかけにして、
官舎や学校などの整備が行われ、
その待遇は大幅に改善されたのだ
そうです。

こうしてみるとベレンコさんの行為は
ムダではなかったことになりますね。

しかし、亡命後に再婚してまた
離婚したことからして、あまり
結婚には向いていない人だった
ようですが。

様々な影響

この事件の際に航空自衛隊は
千歳基地からスクランブル発進で
対応しました。

しかし、超低空で侵入してきた
MiG-25を捕捉できないまま
日本領空への侵入を許して
しまいます。

当時の日本の主力戦闘機F-4での
限界が露呈したわけですね。

これを契機に早期警戒機E-2Cの購入が
認められるなど空の防衛が
強化されました。

また、プラモデルメーカーで
「飛行機のハセガワ」とも呼ばれる
ハセガワでは販売を開始した直後だった
MiG-25がこの事件を契機に大ブレーク。

以後、ハセガワではガンダムなどの
いわゆる“ガンプラ”といった分野には
進出することなく軍用機にこだわった
商品戦略を進めていきます。

一企業の方向性にまで大きな
影響を与えたんですね。

このほか、手塚治虫のブラック・ジャック
第143話「空からきた子ども」や
こちら葛飾区亀有公園前派出所
単行本20巻「真夜中のパイロット!」
といった漫画にもこの事件を元にしている
と思われるストーリーが存在します。

それだけインパクトの大きい事件であり
今後も折に触れて取り上げられていく
事件なんでしょうね。

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