カリフォルニア州出身のブライアン・
バンクスはかつて高校アメフト界の
スター選手でした。

複数の大学からスカウトされて
まさに順風満帆の人生。

そして南カリフォルニア大学への進学が
決まっていた矢先の2002年、思わぬ悲劇が
彼を襲います。




Sponsored Links

婦女暴行で告発

フットボール選手として将来まで
嘱望されていたバンクスでしたが、
なんとクラスメイトが暴行を受けた
として告発。

それまで明るかった
彼の人生は一変します。

身に覚えのないバンクスは
無実を訴えますが、そのままでは
懲役40年以上の刑が課される恐れが
ありました。

弁護士はそれを回避するために
彼に対し司法取引をするように
促します。

司法取引は罪状を認める代わりに
減刑してもらう司法制度。

じつは米国では起訴された事件の
80%がこの司法取引で終了している
のだとか。

もう当たり前の
常套手段なんですね。

バンクスは弁護士に従い、
この司法取引に応じます。

そして、懲役5年およびGPSを内蔵された
監視用ブレスレットを着用されての
仮釈放5年という判決を受けました。

将来はNFLで活躍していたかもしれない
有望なスター選手が一転して性犯罪者
とは、まさに天と地の差ですね。

216px-Brian_Banksブライアン・バンクス

冤罪が確定

5年間服役し、その後の2011年、
バンクスに思わぬ相手から
連絡がきます。

それは暴行されたと訴えた
あのクラスメイトの女性からでした。

彼女は虚偽の事実によって
バンクスを訴えたことを
認めるというのです。

バンクスはのちにこの時のことを
「神の助けに感謝した」と語っています。

そして、彼女の証言を録音し
裁判所に提出したことでバンクスの
犯罪歴は晴れて抹消されました。

夢の舞台へ

無罪となったバンクスは再び
フットボールの選手として
現役復帰します。

18歳で道を絶たれてから約10年。

ブランクはあったものの
トレーニングを重ね、NFL数チームの
トライアウトを受けました。

しかし、どのチームとも
契約までには至りませんでした。

やはり世界最高峰のリーグは
簡単ではないですよね。

それからも挑戦を続けたバンクス。

2013年4月、ついにアトランタ・
ファルコンズとの契約に至ります。

28歳にして初めて夢への切符を
手にしたんですね。

入団後、プレシーズンゲーム
4試合に出場したバンクス。

しかし、無念にも同年の8月で
解雇されてしまいました。

やはり10年のブランクは
アスリートにとっては
長すぎたのかもしれませんね。

現在について

2014年にNFLのシンポジウムで
スピーチを依頼されたバンクス。

そのスピーチに感銘を受けた
コミッショナーにより
彼はNFLのオペレーション部門に
採用されるに至ります。

NFLに関わる仕事に就くことが
できたんですね。

彼の波乱の半生はドキュメンタリー番組
「60 Minutes」に取り上げられたり、
映画化の話まで持ち上がりました。

まさに運命に翻弄された悲劇の選手
ブライアン・バンクス。

順調にキャリアを重ねていれば
現在も活躍する名選手になっていた
かもしれないと考えると非常に
惜しいですね。

しかし、夢を諦めず挑戦し続けた
その姿はこれからも語り継がれて
いくことでしょうね。

スポンサードリンク