キューバ本島の南西100kmに位置する
「青年の島」。

キューバ領であるこの青年の島に
プレシディオ・モデーロ刑務所が
あります。




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その歴史

プレシディオ・モデーロ刑務所は
当時のキューバ大統領ヘラルド・マチャド
の政権下で1926年から1928年の間に
建設されました。

今からおよそ80年前ですね。

建物は五階建てで囚人の個室が円形に
並ぶ構造となっており、中央にある
監視所で全室を監視できる構造
となっています。

最大で2500人を収容できた
のだそうです。

現在は刑務所としては使用されておらず、
見た目は超巨大廃墟となっていますが、
博物館や記念館として保存されており、
管理棟は学校や研究所としても
使用されているのだそうです。

刑務所だったと言われなければ、
外観はなかなかオシャレな
デザインですよね。

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パノプティコン型

プレシディオ・モデーロに見られる
この独特の構造は「パノプティコン型」
と呼ばれています。

元は英国の哲学者ジェレミ・ベンサムが
刑務所やその他施設として設計しました。

じつはベンサムが生きていた
1800年初頭の英国では刑務所での
囚人の扱いが非常に非人道的であった
のだそうです。

それに心を痛めたベンサムが
パノプティコン型の刑務所を
設計するに至りました。

この構造であれば中央の監視所から
すべてが見渡せますので、看守の人数も
抑制できて経済的であり、さらには
囚人同士のプライベートも守られる
という仕組みになっています。

建物のデザイン性というわけではなく
機能性や運営面まで配慮した結果
この建物になったんですね。

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あのカストロ元議長も収監

じつはこの刑務所、キューバ革命前には
反政府の首謀者としてあのカストロ元議長
とその弟で現議長のラウル・カストロも
収監されていました。

カストロ元議長は1953年、7月26日運動
と呼ばれる武装闘争を展開。

しかし、この決起は失敗に終わり
逮捕され、二年ほど同刑務所に
収監されました。

収監中はキューバ独立革命の英雄である
ホセ・マルティの著書を愛読していた
とのこと。

その後、1959年には革命に勝利
していますのでこの収監中の
読書も革命へのモチベーションと
なったのかもしれませんね。

そして革命後、今度はカストロ元議長が
反体制派などの政治犯を次々と
同刑務所に収監。

さながら意趣返しといった
ところでしょうか。

同刑務所の最大収容人数は前述のとおり
2500人でしたが、一時はなんと6000人から
8000人も収容していたのだとか。

さすが独裁政治のなせる業
というところでしょうか。

ともあれ、現在につながる
キューバの歴史を語る上でも
プレシディオ・モデーロ刑務所は
重要な史跡であることは
間違いないですね。

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